
池庄漆器店は、古来から紀州漆器の町といわれる和歌山県海南市「黒江(くろえ)」にあります。紀州塗は「黒江塗」ともいわれ、長い歴史を持つ伝統工芸です。
歴史的には、室町〜戦国時代に近江系木地師の集団が、この地に住み着いて豊富な紀州桧を木地に木椀の製造を始めました。ついで椀木地に渋下地を施す漆の技法が加わって渋地椀の製作に発展しました。
これに加えて、現在の那賀郡岩出町にある根来寺で、僧侶達が寺用の膳・椀・盆・厨子などの什器を自ら作ったのも紀州漆器の起源の一つといえるものです。 根来寺に始まったこれら一連の塗物が、即ち「根来塗」といわれるものです。
江戸時代になって庶民の日用品としての需要が高まるにつれ一層漆工も盛んになり、ついには渋地椀の一大産地として、全国にその名が知られるようになりました。紀州漆器はこのような四百年以上に亘る長い年月によって錬成された伝統的漆工芸であります。
紀州漆器(黒江塗)は、会津塗(福島県)山中塗・輪島塗(石川県)などと共に全国四大産地の一つです。
黒江の町並みは、川端通り周辺に、昔の漆器職人たちの住居兼職場や問屋が通りに面し
てノコギリの歯のように規則正しく並び、古風で素朴な落ち着いた風情を醸し出し、
独特の景観をなしています。
池庄は、黒江の主要通りである「川端通りに面しています。」この川端通りには、「うるわし館」
や「温故伝承館」などの施設が点在し、毎年恒例の紀州漆器まつり(11月第2土曜・日曜)や下駄市(8月14日)では、この通りの両端にたくさんの店が立ち並び、大勢の人で賑わいます。
|
 |

池庄漆器店は、1877年(明治9年)、400年以上続く漆器の町“黒江”に
漆器卸問屋として創業しました。左の写真にあるのが当時の店舗です。
初代 庄五郎は、町会議員等も務め地域に尽くしました。
二代目 信太郎は、質素・勤勉・たゆみない努力により事業を揺るぎないものにしました。二代目のエピソードとして、日常、大八車を引いて商品を運搬中履いていたワラ草履が破れると、道ばたに捨ててある少しでもマシな物に履き替え倹約、がんばりを続けたそうです。
一方、消防ポンプの寄付や学校への設備寄付など、地域への貢献も欠かさなかった。
三代目 俊三は、第二次世界大戦を真っ向に経験しくぐり抜けた真面目・誠実な人柄で面倒見も良く、地域の人からも信頼を受け町内会長も長く続けた。

そして今、私で五代目になります。四代目である先代はまだ健在。私をサポートしてくれています。私の代で、初めてインターネット通販、アジア雑貨の輸入販売といった事業に乗り出すことになりました。
→ 五代目はこんな人!!
築200年の実店舗は、国の登録有形文化財に指定されています。
毎年、6月と11月には当店舗で展示会を開催致します。
商品点数の多さに圧倒される事でしょう。
|
|
| 屋号 |
池庄漆器店 |
 |
| 所在地 |
〒642-0011 和歌山県海南市黒江692 |
| 電話番号 |
073-482-0125 |
| FAX番号 |
073-482-7788 |
| 沿革 |
1877年(明治9年)、漆器卸問屋として創業
初代 池原 庄五郎 |
| 事業概要 |
漆器卸売業:紀州漆器を中心に他産地漆器、竹細工、印伝等。
小売業:全国の漆器を中心に、印伝、竹製品、紀州備長炭、銅製品、タイ製品(チーク古木・ガーデニング用品)なども扱っております。 |
| 実績 |
西日本を中心とした卸売り。
年2回(6月・11月)、伝統的な日本家屋の自宅を開放し展示会を開催。多種多様の漆器・印伝等を展示販売。
印伝は、印傳屋本社から直接仕入による関西でも最大規模の豊富な品揃え。 |
| こだわり |
全国産地から選りすぐりの逸品を展示販売。
製造者からの直接仕入を基本に、各産地に出向き目に叶った物だけを仕入れます。 |
| 店舗へのアクセス |
■電車でお越しの場合:
JRきのくに線黒江駅より徒歩15分
■車でお越しの場合:
阪和自動車道海南インターチェンジを降りて5分
マリーナシティーより車で5分
JRきのくに線海南駅より車で5分
■バスにてお越しの場合:
和歌山バス 「黒江」バス停より徒歩5分(和歌山市内線/紀三井寺線/琴の浦線)

→ 拡大MAPはこちら
|
|
|
|
|
|
|
|
|