
| || 紀州漆器について | 根来塗の製作工程 | 漆器の取り扱い方 || |
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紀州漆器の歴史
鎌倉時代、室町時代、戦国時代にかけて隆盛を誇った根来寺(和歌山県那賀郡岩出町根来)で作られ、使われていた朱塗りの漆器を江戸時代の初期に根来、根来ものと珍重されたことにより広く伝わったとされているが、根来塗の名称は根来寺に由来するものである。
根来寺で作られていた漆器は、日常的に使うための生活に密着した実用品で、大量に生産されていた。丈夫な木の素地に布着せを行い、炭粉等で下地を施し、黒漆を塗り、仕上げに朱漆を刷毛で塗ったまま仕上げる方法(立塗り)で作られていた。そのため、丈夫であるが、毎日使っている内に、表面が摩耗して、中塗りの黒漆が表面に現れ、自然に朱と黒の模様ができる、これが現在の根来塗の基になったのである。
根来寺が栄えた1228年頃〜1585年の約300年の間に丈夫で、使い易い漆器が大量に作られ、山内及び各地にも出荷され使われていた。
しかし、天正13年(1585年)の秀吉の紀州攻めにより、根来寺の全山がほとんど焼失し、什器として使われていた漆器や漆器を作っていた工房も消滅し、その後、根来の地では漆器は作られていない。漆器を作っていた工人は、全国に散らばり、黒江、輪島、薩摩、吉野等で漆器の製造に携わったといわれている。
紀州漆器の特徴
江戸時代から、庶民の日用品として大衆に親しまれてきた紀州漆器は、安価な商品を大量に生産することが必要でした。
そこで、製造の工程と技法に様々な工夫がこらされました。木製にこだわらず合成樹脂素材なども積極的に取り入れ、工程も簡略化しながら、一定の品質を保ちつづけるために考え出された技法が、現在にもとづく紀州漆器の特色といえます。
伝統的工芸品としての紀州漆器
紀州漆器の伝統と技術・技法が認められ、
昭和53年2月6日に「伝統的工芸品」の指定を受けました。
■経済産業大臣指定伝統的工芸品
@主として日常の生活に使われるもの
A主要工程が手作りであること
B100年以上前から続いている技術・技法で作られたもの
C100年以上前から使われている原材料で作られるもの
D産地が一定の規模を形成していること
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